押江込蔵 ANGLER'S BLOG〜釣に魂を込めし勇者たちが集う場所〜

| CALENDAR | RECOMMEND | ENTRY | COMMENT | TRACKBACK | CATEGORY | ARCHIVE | LINK | PROFILE | OTHERS |
真夏の思い出

8月が終わり9月になったが、まだまだ暑いですね。夏休みシーズンは礫浦と迫間浦に行ってきました。両日ともボラの活性も高く礫浦コワリは黒鯛は30センチ程のを一枚だけであったが、他にポッテリ太ったグレを10枚ほどに真鯛2枚とアイゴが竿を曲げてくれ退屈しなかった。夏のコワリは餌取に強い練り餌が良く2〜3個を練り合わせた三力が最高でした。

 

 

 

 

 

迫間浦は黒鯛が釣れそうで釣れなかったが、中層で無双の落とし込みで40-50センチの良型のシマアジが6枚釣れ、グレと鯵、サンバソウなどでアイスボックスは満タンとなり、御袋のところに沢山の魚を届けてやれて良かったです。アイゴは刺されないよう注意が必要ですが大きな卵か白子を持っており、塩焼きにすると良い油を持っていました。もちろんシマアジは刺身です。

 

 

 

 

 

山の方は、目をつけていた京都の最深部にあたる廃村八丁を二度に分けて訪れた。

まず最初は、佐々里峠〜品谷山〜スモモ谷〜八丁〜刑部谷〜ダンノ峠〜佐々里峠に戻るロング・ループ。

約17kmで8時間半を要した壮大なコースです。

 

 

 

佐々里峠〜品谷山には初っ端に険しい直登を上がって、先が思いやられたが、景色は素晴らしく881mの品谷山は雰囲気があってよかった。

 

#熊が木の皮をむいた後 (けっこう新しい)

 

#品谷山三角点、GPSもバッチリ

 

#品谷峠を経由してスモモ谷を下る、結構な藪に覆われた滑りやすい渓谷で急勾配の下りの渡渉はスリル満点でした。

 

 

 

#廃村八丁の入り口

 

なんとか八丁に到着できて良かったが、スモモ谷の南下は草ボウボウの所も多く迷いやすく要注意。

 

#八丁八幡宮と名付けられた、お社に上がる階段。

 

 

#八丁広場と三角小屋

 

八丁は数戸規模の炭焼き集落でした。昭和8年の大雪で山に閉じ込められ、死亡者も出たため全員が撤退して廃村となったそうです。その名残の石積み住居跡が見られて、歴史を感じる静かな佇まいの村でした。

 

八町広場にピラミッド型の小屋が有り、自称、村長さんがおられた。よく聞くと伏見の方で家も近く、夏場は1-2週間単位で泊まりに来られるそうで、登山歴は50年以上で、八丁の歴史を含めて山の隅から隅まで知っておられるすごい方でした。広場の周りには熊が7頭いるそうで、皆おとなしいから心配いらないと言われていた。皮を剥がされた大木が散見されたので熊が居るのは間違いないようです。階段を上って、集落を見下ろす小高い山の上にある八丁八幡宮にお参りして八丁に別れを告げた。

 

帰りは刑部谷に沿ってダンノ峠に向かったが、これがまた密林地帯で渡渉の連続、最後は厳しい崖を登って峠の反対側に降りていくという非常に辛く厳しいコースであった。

 

 

#木の根につかまって崖の上に上がります

 

#何とか上がったと思ったら、今度は崖っぷちをトラバース、落ちたら20m下の谷川に一直線です

 

#険しいロープ場が続く

 

#谷川沿いの景色は絶景です

 

#登り口らしいが、非常識な勾配の急登を越えないと帰れません、左上に突撃

 

#刑部谷ルートと次回訪れる四郎五郎ルート(これも大変でした)の間の鞍部

 

厳しくても、ポイント間の距離は半端ではなく戻るわけには行きません。選択肢は前進あるのみで、なんとか明るいうちにダンノ峠にたどり着いた時には生きて帰れた!とホッとしました。

 

#感動的なブナの大木

 

 

 

戻りの佐々里峠への激下りも辛かったが、やり遂げた満足感は半端ではなく、やり甲斐のあるサバイバルゲームと感じました。

 

#済めば天国、韓国海苔をアテにマッコリを飲みながらGPSの軌道記録で厳しかったルートを思い返します。

次回のことも考えながら。

 

 

<廃村八丁の再訪>小塩〜卒塔婆峠〜ババ谷〜八丁墓地〜八丁広場〜四郎五郎峠〜の逆戻りで小塩まで戻るコース。佐々里峠と逆のアプローチで南から北行するルートです。

 

 

 

これも約16kmで8時間を要した。小塩の登り口まで谷沿いに行くのも大変であったが、小塩の谷を渡って最初の上りがきつい急登で、息切れを感じました。地図の情報も少なく大ざっぱで、上部のルートも以前と変わっていたため少し迷ったが、なんとか長い上りを経て卒塔婆峠についた。

 

#荒れ放題のババ谷を北上、倒木くぐりは良い運動

 

 

倒木と草で荒れたババ谷を渡渉しながら北に上がっていくのだが、藪に覆われてわかりにくい所も多く、なんとか八丁南側の墓地が見えたときは感動した。

 

ようやく道っぽくなってきたところ、ここを過ぎるとかつての八丁住民の古い墓地があった。石積みをして大切に作られたのが、お墓の状態や墓石から伺え、しばしお参りをさせて頂く。村長さんたちが手入れしておられるようで、墓地は草も生えずに綺麗であった。両手を合わせて道中の安全を祈願した。

 

 

八丁川に沿って上がっていくと懐かしい八丁広場である。二度目なので八丁村の全貌をじっくりと観察することができた。これが最後かも知れないので見落とさぬよう、かつての人の名残を見て回った。今回は三角小屋の村長さんは留守であったが、刑部谷の北側のルートの四郎五郎谷を遡上して四郎五郎峠を目指した。

 

#かつての八丁温泉跡

 

 

 

 

これも、山のヘリの僅かな幅、20センチ前後のショルダーを登っていくという危険なルートであった。だんだん高度が上がっていくと、下の谷との距離があいてくるので滑落の恐怖との戦いであるが、淡々と歩き、なんとか峠まで辿り着いた。ここをまた下りていかないといけないのです。少し休憩してまた危険なショルダーを下って谷に降りました。

 

 

#熊の縄張り

 

 

#崩れやすそうなショルダー、周囲には熊に皮を剥がれた樹が多い! 熊が居ないことを祈って

 

#落ちたら終わりです

 

 

 

八丁広場に戻ると山を駆け抜ける風が心地よく、秋の風を感じた。いつまでも休憩していたいが、10分ほどの小休止で廃村八丁を後にしました。

 

再び八丁川に沿って来た道を戻り、ババ谷経由で卒塔婆山に登って小塩川へと下っていった。卒塔婆山は江戸時代前期までは京都を代表する風葬地帯で、多くの遺体が捨てられていたそうである。人のエキスを吸ったためでも無いとは思うが、とんでもない力感溢れる形状の巨木が数本、頂上付近で目を引いた。

 

 

#卒塔婆峠

 

#卒塔婆山の巨木

 

#小塩の谷川に下りてきた、正面の急登を登って、下りてきました

 

 

二度に渡って訪問した廃村八丁は、予想通りどのルートから行っても大変な距離があり、道も険しかったです。体力に登攀能力、ルートファインドする目が必要な上級者向けの難コースと感じました。道中人に会う事はなく、危険が一杯で集中力を欠かさぬ事が重要です。事故が起これば全て自己責任ですが、八丁の集落跡はそれでも行く価値のある究極の静寂エリアでした。一度、ゆっくり泊まってみたいなと感じました。今回の山行は真夏の不思議な思い出となってくれました。

 

 

 

 

 

| 17:56 | - | - | - | posted by kida |
<< NEW | TOP | OLD>>